いつもの年よりも早い梅雨明け。
早々の“夏突入”はこれからが思いやられる・・・。
夏と言えば“夕立ち”はつきもの。
今日早速夕立ちの洗礼を受けた。
バケツをひっくり返したような大雨。
(ザァザァザァ)
雨音を聞きながら、あの日の事を思い出した。
左近。
小学生の夏、キャンプで出会った少年。
その頃の夏休みは1ヶ月のいわき生活と1泊2日のキャンプ。
このキャンプは地域の小学校数校の合同キャンプで4年生から6年生の有志が参加するものだ。
左近と出会ったのは最後のキャンプ。
6年生のキャンプだった。
キャンプ1ヶ月前にテント張りと飯盒炊爨の練習で集められ、今回の班が発表される。
4人1組の班、別々の小学校から集められた4人。
初めて会った時から左近は他の奴とは違ってクールな印象を持った。
他の二人、広瀬と佐久間は小学生らしい普通の子。
7月下旬のキャンプ当日、小学校に集合してバスで秩父方面に向った。
昼に到着、弁当を食べてテントの設営。
4年生チームには指導の先生がつくが、我々6年生にはまったくお構いなしだ。
我が班も早速作業に取りかかる。
「じゃあ誰か支柱持ってってよ、ペグ打とうぜ」
ひと際背の高い佐久間が「俺、持ってるよ」
ペグを打ち、張りを確かめてとりあえずは完成。
後はテントの周りに溝を掘る。
もしも雨が降ったらそこに水を逃す、お堀の役割をするものだ。
「とりあえず、こんな感じで良いかな」
指導の先生に言われた通りテント周囲に溝を掘り、山の斜面になぞる側面の溝は深めに掘った。
すると、左近が溝を見ながらちょっと難しい顔をしながらボソっと言う。
「もう少し深く掘った方が良いな」
その言葉に少しカチンときた。
「いや、側面は深く掘ったから大丈夫だろ?」
「いや鈴木、あの雲を見ろ」
言われて、西の空を見上げる。
遠くに黒い雷雲がいる。
もしあの雲がこちらに向ってくると夕立ちになる。
「よし、わかった。もっと深めに掘ろう」
「鈴木、できれば外側にも堀を作っておいた方が良いかも知れないぞ」
山側の溝の外側に深めの溝を掘り、それを側面の外側に溝を掘り、水を逃がす仕組み。
つまり、内堀と外堀を作るという作戦だ。
ーなるほど、こいつ賢いなぁー
まぁそんなに大雨は降らないだろうが、念には念を入れておくのがアウトドアでは基本だ。
他の班の連中は設営も終わり、おのおの遊びに興じている。
左近は設営が終わると、テントに入り本を読み始めた。
ー変わった奴だなぁ、遊ばないのかよー
(ゴロゴロ)
来た!雷だ!
午後4時近く、そろそろ飯ごうの用意をしようという頃にいきなりの雷。
気が付けば雷雲はすぐ真上まで来ている。
「全班、テントに退避!支柱に近づかずに姿勢を低くしろ!」
指導の先生の拡声器の声が響く。
程なく大粒の雨が落ちてきた。
(バラバラバラ)(ゴロゴロゴロ)
(バタバタバタ)(ピカッ、ガラガラガラ)
(ドドドド!)(ドカン!バリバリバリ!)
あっという間に雨と雷が激しくなって行く。
テントというのは空の音を拡声する。
大きなスピーカーの中にいるようなものだから当然だ。
広瀬も佐久間も体育座りで震えている。
「・・・左近、水、大丈夫かな」
「たぶん、大丈夫だろう、これくらいの雨は想定していた」
ーおまえはこんな時でもクールなのか?怖くないのか?ー
少し心配になって外の状況を見る為にテントの隙間から覗いてみる。
すると、確かに外堀の役割が効いていて内堀から内側には水が来ていない。
ーなるほど、左近、すごいなー
ふっと隣のテントに目をやる。
堀から水が溢れ、浸水している。さらにペグが緩んで倒壊寸前だ。
ーこれはやばい!倒壊するぞー
「左近!やばいぞ、隣が倒壊しそうだ」
テントの隙間を大きく開けて左近に状況を見せた。
すると、左近は中に保管してあった靴を履き、スコップを手に外に飛び出した。
自分もつられて大雨と雷の外に飛び出す。
内堀、外堀を飛び越えて隣のテントに向う。
「おい、大丈夫か?」
テントの中では荷物を抱えて立ち尽くしている4人を発見する。
「荷物をうちのテントに入れて、皆で修復するぞ!」
とりあえず荷物をテントに避難させて修復にかかる6人。
「4人はテントの修復をしてくれ!ペグをもっとしっかりさし直せ!俺たちは水をなんとかする」
左近が叫ぶ。
スコップを持った自分と左近は外堀を新設し、山から流れてくる水を逃がす。
それができると、内堀を掘り直しテント内に浸った水を外に出すように算段した。
とりあえずの作業が終了し、隣のテントが修復できた。
周囲を見ると、倒壊しかけているテントが数個あり皆雨の中作業をしている。
自分と左近はとりあえず自分のテントに戻り、泥だらけになったTシャツとパンツを取り替えた。
「ははは、ビショビショだな」
「ああ、左近がいきなり飛び出すからだよ」
「でもなんか楽しかったなぁ」
「そうだな・・・」
雨は次第に弱くなり、約1時間で完全にやんだ。
「雨がやんだので飯盒炊爨に入ります」
引率の先生の声でテントから続々と人が出てくる。
ちょっと遅くなった飯盒炊爨、カレーライス。
いつものキャンプ以上にうまかった。
後片付けも終わり、21時の消灯。
「・・・左近、起きてるか?」
「ああ」
「ちょっと外に行かないか?」
「いいよ」
雨上がりの空には満天の星。
切り株に腰掛けて二人話をする。
「鈴木はどこの中学?」
「俺は鹿中、左近は?」
「俺は西中、別々だな」
二人は別の小学校、学区も離れているから同じ中学に進むことはないはず。
「左近は将来何になりたいんだ?」
「俺は科学者かな」
「科学者?なんだそれ?何か研究するのか?」
「まぁな、鈴木はどうなんだよ」
「俺は医者、外科医になりたんだ」
「ふうん、医者ねぇ、向いてるかもな」
「そうかぁ、なれると良いけどな」
「お互いにな」
しばらくの間無言で星空を眺める。
「左近、またどこかで会えると良いな」
「うん、会えると良いね、大人になって仕事で会ったりしてな」
「それは良いね、会えると良いなぁ」
翌朝、朝の飯盒炊爨が終わり、テントを撤収してバスで学校へ。
「それではここで解散します」
先生の声で1泊2日のキャンプは終了した。
左近の連絡先は聞いていない。
それ以来会う事もない。
中学、高校、大学、社会人と30年以上の月日が流れてしまった。
雨上がりでいつもよりも星の多い、七夕の夜空を見ながら思いを馳せる。
自分はあの頃の夢を実現できず、医者になることはできなかった。
左近は科学者になれたのだろうか?
もし、どこかの大学か企業の研究室で活躍しているとしたら・・・。
ー実に面白いー