ネットラジオの事前取材で有楽町。
30年ぶりの再会、高校の同級生。
牧師のF君は昔のまま。
遠くからでもすぐにわかった。
「よぉ、Fくん元気そうで」
「久しぶりだね、変わらんね」
不思議なもので程なく「あの頃」に戻っていく。
ラジオで一緒にパーソナリティーをしている永吉氏が待つカフェに向かう。
名刺交換をしてからの、永吉氏の質問攻め。
「牧師と神父とどう違うの?」
「神父は未婚、牧師は既婚」
「じゃあカトリックは神父さんしかいないの?」
「司祭ってどういう意味?」
「営業所長みたいな位置づけかな」
二人の会話は絶え間なく続く。
「おいおい、ちょっと待ってよ。今回の主旨とか狙いとか説明しないと」
間に無理やり入って、今回の経緯を話す。
とにかく彼女は知りたいことがたくさんあるらしく、質問が止まらない。
F君も聞かれれば答えるからラジオでは話せない内容にも触れながら一生懸命応対している。
ラジオの収録は21日の木曜日、配信は25日の月曜日なので内容はその時に聞いてもらいたい。
自分としては、高校時代からキリスト教系の学校に通うようになり「礼拝」や「聖書」の授業に戸惑いながらも馴染んでいった。
礼拝や授業や各種の行事で見かけるチャプレン(牧師)とは普段どのような仕事をしているのか?
また、教会はどのような経営?をしているのかが気になっていた。
永吉氏の質問攻めの合間に自分も質問。
すると色々なことが理解できた。
日本人にとってお寺や神社の存在が欧米では教会であるということ。
我々は初詣やお祭りや願い事がある時に自然と神社にお祈りしたり、彼岸や故人の命日にはお寺にお参りをする。
子供の頃は神社やお寺の境内が遊び場だったりした。
だから住職や神主さんが身近に感じられた。
しかし、教会や牧師さんは身近に感じられない。
一般的に教会に行くのは結婚式の時くらいか?(いや、それも本当の教会に行くことはほぼ無いな!)
ということで牧師さんの仕事は何か?と興味を持ったのだが。
結局住職や神主さんと同じような仕事をしている。
教会もお寺や神社のように檀家さんのような「信者さん」の献金によって成り立っている。
だから「信者さん」を増やすことが経営的な課題になっているそうだ。
なんか、ものすごく教会のビジネスが身近に感じられた。
だって、我々がやっている事業に似ているからだ。
ファン(信者)の裾野を広げてその数パーセントが実際にコンバージョン(献金)してくれれば良いというのだから。
F君の話を素材にしながら収録時の流れを考えて見るのはこれからの作業。
さてさてどのような内容になるやら。
乞うご期待。
にしてもF君、取材中に自分の高校時代の様子を永吉氏に報告していた。
「この人は過激な人だった!」
過激ってなんだよ?
「今日も怪しい話への勧誘かと思った」
おい!そんな事高校時代もしなかっただろうに。
聖職者の語ることかねぇ、まったく。
かくいうF君は高校時代「落語研究会」に所属していたことを知っている。
熱心に話をする姿が当時の彼を彷彿させる。
「あなたも相当変わってないよ!」
とにかく、約2時間近くも取材に付き合ってくれて本当に感謝。
ありがたいね、同級生って。
そんなほっこり気分の週末。
驚きの知らせがあった。
F君と同じ高校の同級生、重田君が心筋梗塞で急逝されたとの事。
その日はゴルフを楽しんでいたらしい。
同級生でこのような知らせは初めて。
他人事とは思えず、呆然とする。
心よりご冥福をお祈りしたい。