先日、BS11の番組打ち合わせにて、12月放送分の話し合いをしていた。
「視聴者の知識レベルによって突っ込む内容違うよね」
そんな会話になった。
なるほど、一つのテーマを表現するにも聞く側の立場になるととてつもなく難しかったり簡単すぎたりする。
難しすぎれば「何言ってんだ?」だし、簡単すぎれば「今更なんでそんなわかりきったこと」となってしまう。
そうは言ってもマスメディアであればある程度の「妥協」というか「割り切り」は必要。
こちらが想定する視聴者の想定レベルに合わせて伝えていくしかない。
それが「face to face」なら別の話。
その人のレベル(状況)に合わせて伝え方を変えることができる。
同じことを伝えるにも、人によって伝え方を変える。
でも、それは簡単そうで難しいこと。
知識や技術を教えるのであれば、理解するまで説明すれば良い。
マネジメントになると少し変わってくる。
ある領域の仕事については大変評価できるのだがある領域では課題がある人がいる。
そのままに伝えた場合、ある人は素直に「なるほど了解!課題を受け止めます」となるかもしれない。
しかし、ある人は「褒めたのは課題を言いたいがための前置詞のようなもの、本当は認められてない!」と「うがった」見方で受け止めてしまう。
そういう人、意外に多いでしょ?
そんな見方をされるのは勘弁!では課題を本人に伝えなくて良いのか?
上司としてもやはり伝える必要がある。
この場合は「誰が伝えるのか?」が大切になる。
「信頼している人」それも日々一緒にいる身近な人が伝えると本意が伝わる。
日々の仕事を一緒にしているからわかる、価値観を供給しているからこそ信じることができる。
今までは、マネジャーとは「メンバーには褒めてから課題を伝える」だの「褒める時は三人称、叱るのは一人称」だのとマネジメントの手法がまかり通っていた。
もちろん未だに通じる考え方でもあるが「誰が誰に伝えるのか?」という視点も入れたほうが良い。
[上司]という立場が正論を言ってそれに部下がついてくる時代はすでに終わりを迎えている。
誤解して欲しくないのは「上司が悪い」と言っているのではない。
時代の変化である。
情報過多の時代の中で既存のマネジメントスタイルはすでに誰でも知っている。
正論の裏側、むしろ本音を聞きたいのがメンバーである。
半年以上前になるが、やはりそのような場面に遭遇した。
日頃関わりのない「上席」が現場リーダーに「正論」で説教した。
昔なら「上席の言うことだからここは聞いておこう」と何事もなく過ぎるところであろう。
しかし、変化の激しい業界に身を置く者たちは「正論」ではビジネスが通用しなくなっていることを身を以て知っている。
「今はそんな時代ではない」と反論した。
上席はさらに追い討ちをかけて「正論」をぶつける。
結果として「カオス」な状況になった。
現在、その上席は職を解かれた。
これは一つの事例だ。
「正論」を武器に部下に高圧的に接することは得策ではない。
メンバーも「うがった」見方で自分を守ることは良しとは思わない。
変化の時代である。
これまで以上に「心と心」が大切になる時代なのだ。
「信頼」や「思いやり」は情報化社会においてこそ必要なものではないか。
誰が誰に伝えるのか?
伝える方、伝わる方も両方に「心」がなければ本当の思いは伝わらない。
伝えることを軽く考えてはいけない時代なのだ。