月曜日、立教大学野球部19年ぶり六大学優勝パレードが池袋であった。
前日には全国大学野球リーグでの優勝もあって盛り上がりはマックス!
池袋西口は立教フィーバー!
西口マルイ前で待ち合わせるも、途中で高校時代の恩師に会うわ、後輩や先輩同級生にも会って優勝を喜ぶ。
結局パレードはちょっと見えたぐらいで通り過ぎて「飲みに行くべ!」ということで居酒屋へ。
そんな日だから居酒屋周辺は立教OBばかり。
自ずと学校の話になる。
すると同じ学校出身でも温度差があることがわかる。
付属小学校出身者とそれ以外。
「何回生?」これが付属小学校出身者の合言葉。
我々のような付属高校からの入学者とはやっぱり差別化されている。
小学校からの人たちのは「立教」がアイデンティテーなんだと感じた。
もちろんだからなんだってことはない、そういうことで嫌な思いをしたこともなかった。
しかし、いざこういう祭りになると付属小とそれ以外は区別されている。
実際にパレードに来ていた人のほとんどが小学校からの人たち。
高校から立教、大学だけ立教という人はあまり参加していないんじゃないかな。
思い出すと高校時代、入学当初に感じた校風の違和感はそれだったのかもしれない。
生まれてから中学校卒業までの15年間、東京下町の足立鹿浜地区で育った自分にとっては立教高校はカルチャーショックだった。
その頃のアイデンティテー(よりどころ)たるものは「ヤンキー学校卒」という訳のわからないものだった。
だからこそ、おぼっちゃま校でヤンキー風の格好しているやつを見ると無性にムカついていた「おぼっちゃまが格好だけ真似すんなよ!」
馴染めない学校生活が7年続く、その間は音楽漬けの日々。
新しい”よりどころ”を探す旅だったのかもしれない。
社会人になって何もできない自分にとっては「音楽」がアイデンティテーだった。
「営業成績が悪くたって俺はドラムができるんだ!」
当時の自分にはそれしかなかった。
5年半のリクルートグループでの仕事と生活は自分のアイデンティテーを築くには十分な時間だったのかもしれない。
生まれて半世紀経って自分は何者かと振り返る。
自分のアイデンティテー(よりどころ)はリクルートマインドにあると思える。
未だにリクルートOBとの付き合いは多く、一緒にいて苦にならない。
学生時代の仲間を見ていると学生時代によりどころを持っている人が多く見られる。
それはそれで素敵なことだと思うけど、自分はどうやら違ったらしい。
最初に勤めた会社や長く勤めた会社によりアイデンティテーが形成されるってよくある話。
現在当社で働いているメンバーにとって「よりどころ」になってる可能性がある。
嬉しいけど、ちょっとドキドキする。
「この会社で学んだこと、感じたことが自分の”よりどころ”になってます!」
そんな存在になれているとすれば経営者として本当に嬉しい話。
なんかしみじみと感じる雨の日曜日だった。