休日、都内百貨店の比較的静かなコーナーを歩いていると後ろから大きな声が近づいてきた。
「安モノばかり持ってくるから営業担当呼べって言ったら良いモノ持ってきたよ!どうなってるのかね?」
どうやら百貨店の外商営業マンと話をしているらしい。
見た感じはちゃんとしている紳士風ではあったが、大声で金持ち自慢している姿は「品がない」の一言だ。
昔は若い奴が粋がって品のない言葉や態度をとっていた、それを大人たちが眉をひそめていた。
それが最近ではいい大人、定年も過ぎたてあろう熟年世代で「品のない」態度や言葉を使う人が増えた。
見た目は立派で品良く振舞っているのに「唯我独尊」周りの目を気にすることなく不遜な態度をとる。
時としてそれは「私たちは頑張ってきたんだからあんたたちは我慢しなさいよ!」的な傲慢ささえ見え隠れする。
やれやれ。
最近の若者はむしろ欲が薄くて「自己肯定感」が低い。
不遜な態度も取ることは少ない。
すっかり逆転の構図だ。
最近の熟年は「お金持ち」が多い。
「お金持ち」で「不遜」であれば怖いものなし。この世は我が物なりのていで闊歩する。
企業においてもこの「品のなさ」が眼に余ることがある。
いわゆる「金にモノを言わせる」的な商売や「金さえ稼げれば良い」的な事業構造。
経営者の中には「金稼ぐことが全てだ、社員教育なんて金の無駄だ」と嘯く人もいる。
「商売は三方よし」とは昔の近江商人の言葉。
客も自分も社会も良くてナンボである、と説くこの言葉は金言。
経営者の品のなさは企業存亡の危機である。
営業マンもそうである。
「売り上げのためには何でも売る」ではいつかお客さんが離れて行く。
お客さんの求めるものをしっかりとリサーチして、真摯に対応する。
そこから商品の提案をして満足を得る。
提供した商品は、お客さんにも自社にも、またユーザーにも満足を与えるものでなければならない。
その結果が「お金」なのだ。
「お金」のために動いては大切なことを見失う。
世の中は「IT、IOT、AI」と新しい領域のビジネスが増えている。
一攫千金の夢を見ることも良いだろうが、くれぐれも気をつけたい。
少しうまく言って「お金」が手に入ると「唯我独尊」世の中を甘く見る。
品のない不遜な態度は結局自分自身の評価を下げる。
企業も人も「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を大切に。
自戒の念も込めて。