今回はちょっと社会派。
先週、週末を利用してお盆の供養で両親の実家、福島へ行ってまいりました。
去年もこの時期に行っていますので、当ブログでも紹介していましたが、母方の実家は、まぁいわゆる”田舎”です。
田んぼがあって、川と山があって、トンボとかえるが無数にいるような。
そんなのどかな場所に1泊2日。
当家の子供達は相変わらず大はしゃぎで自然満喫状態だったです。
夕方、外でバーベキューをして、そこそこ酔いもいい感じになったころ。
子供達は、すっかり満腹で家でTV観戦。
私と、父親、親戚のおじさん2人、計おじさん4人で雑談。
私が、終戦記念日だったからというわけでもないですが、おじさんたちに質問。
「戦争の頃はこの辺は爆弾落とされた?」
おじさん達は待ってましたとばかりに当時の状況を話はじめます。
話が長かったので、かいつまんで話すと。
このあたりは田舎だったので焼夷弾は落ちなかったそうです。
ただし、山を越えて町の方(私の父親が住んでいた方)は結構、機銃掃射や焼夷弾にはやられていたそうで、その頃の逃げた思いでや、山を越えて見える火の恐ろしさで話は盛り上がりました。
更に、私の祖父(すでに故人)の召集令状が来た時の話や、祖父が召集後、満州北部に送られて、その後南方戦線に送られた話や、一度家に戻り、再び招集されて仙台に配属された話など、今まで聞いた事の無い話をたくさん聞く事ができました。
(祖父は結局戦争で死ぬ事はなく、90歳過ぎまで生き天命を全うします。どうやら私はその祖父に顔が似ているそうなので、将来はあんな顔になるのかとちょっと不安(失礼!)ですが・・・。)
それからもおじさん達の話は衰えることなく続き、戦後の話になります。
一番年上のおじさんは終戦時、中学に上がるタイミングだったらしく、墨で塗られた教科書を使ったり、モノが無い中でいかに皆が苦労したのか、という話を聞きました。
おじさんの家は農家だったので、食べ物には困らなかったそうですが、町で暮らしていた父親達は食料がなく、腹を空かしていた日々の話を聞きました。
これらの話は恐らく昔、私が子供の頃も聞いていたのでしょうけど、その頃はなんの思いもありませんでした。
しかし、戦後64年。時代は平成。戦争を知らない子供達どころか、大人達も戦争を知らない。こんな時代にあらためて戦争の頃の話を聞くと、いろいろと考えさせられます。
戦中、戦後、そして復興の日本の歴史をもっと知っても良いかな、と思います。
最近、日曜の夜9時、TBSの「官僚たちの夏」(原作 城山三郎)を好んで見ています。
原作は読んだと思いますが、忘れました。でも結構ドラマが面白い。
かなり脚色されているとは思いますが、日本人の苦闘の歴史が垣間みれて見応えありです。
このようなドラマが増えるともうちょっとテレビも見るんですけどね・・・。
なんか、取り留めないですが、過去の歴史をきちんと見直すことで、現在の日本をきちんと見る事ができる。そして、今をきちんと見る事で将来が見える、そんな気がしますね。
それにしても、おじさん達はなんであんなに昔の事を良く覚えてるんですかねぇ?
我が親父なんて18歳の時に自分のお袋サン(私の祖母)を車に乗せて、この場所まで来た、なんて事覚えてるんですから。
50年以上も前の話も昨日の事のように話すおじさん達はある意味眩しかったです。