すっかり秋めいたこの三連休。
東京では天気にも恵まれ、各地で運動会が行われていた。
運動会といえば、花形は徒競走とリレーだろう。
小中学生の頃は、足の速さに自信があった。リレーの選手にも選ばれていた。
だから、この2つの競技は楽しみであり、とても緊張する競技だった。
徒競走では、絶対に1番にならなければならない。
それがプレッシャーになって緊張していた。
更に、リレーは注目度の高い競技。
盛り上がること間違いなしの競技であるがゆえに、絶対に勝たなければならない。
それがプレッシャーになって緊張していた。
しかし、何の為に勝たなければならないと思ったのだろう?
誰かに自分の雄姿を見せたい!そういう欲求があったから勝たなければならないと思ったのではないかな。
「誰か」とは誰?
自分の姿を見に来ている親とか、ちょっと気になってる女の子だったり。
とにかく、誰かに見られて褒められたい、感心されたいから勝ちたかったんだと思うね。
もしも徒競走で1番をとっても誰ほめられず、リレーで活躍しても誰も一緒に喜んでくれなかったらどうだろう?
勝つために緊張することなんてないだろうね。
自分の活躍を褒めてくれたり、一緒に喜んでくれる人がいるからうれしいし、次も勝とうと思う。
勝利への欲求があるから努力する、そして結果が思ったように出るか不安だから緊張もする。
となると、勝利への欲求が出るためには法則があるのかも知れない。
頑張って努力する→勝利!→喜びの感情→勝利への欲が出る→更に努力する→勝利!!→さらなる喜び→勝利への欲→more
つまり「勝利を得る欲」は「喜びの感情」から生まれるのかもしれない。
「喜びの感情」は、共に喜ぶ人がいて増幅する。
それはスポーツに限ったことではないだろう。
勉強も芸事もそうだと思う。
自分の努力の結果(成果)を共に喜ぶ人がいてくれるから、また頑張ろうと思う。
テストで良い点取って親に喜んでもらえば、次も頑張ろうと思うし、書道コンクールで賞を取って褒められれば次もやろうと思う。
仕事もそう。
例えば、営業の仕事で言えば売上目標の達成。
目標達成すれば査定の結果も良くなって、給料も上がる可能性は高まる。それはうれしい。
でも、目標達成しても周りが無関心だったらどうだろうな。次も頑張ろうって思うかな。
よっぽどクールに自分の世界を大事にしている人は別だけど。
上司や同僚が喜んでくれたり褒めてくれれば喜びは倍増、次もやろうと思うよ。
だから仕事でも勝利への欲求法則は活きると思う。
とはいえ、この法則の問題は「共に喜ぶ人」がいるかどうかだ。
家族や学校だったら自分を見てくれて、褒めてくれたり喜んでくれる人がいる。
しかし、職場ではどうだろう。
自分の仕事を一緒に考えてくれて、結果が出たら一緒に喜んでくれて、努力が足りなければ叱責してくれる。
そんな人が周りにいてくれれば、それは相当な幸運だろうね。
そんな環境はまずない。
だから、各社でいろいろな制度を整えたり、管理者にメンバー育成の手法を教えることに努力する。
でも、大切なのは制度や管理者教育じゃない。
経営者の力量。これにつきると思う。
勝利への欲求、メンバーそれぞれにそれを出すことができるか否かは経営者次第だ。
「お前はできているのか?」
できていないから今、猛省しています・・・。