先週水曜日、久しぶりに夜の予定がない。
さて、たまにはちゃんと家に帰るか、ということで9時過ぎに帰宅。
とりあえず、ビールと牛丼で晩飯終了。
暇なので、テレビでも見る。
ちょっと気になっていたドラマ「家族ゲーム」
昔、映画で松田優作が主演し、テレビドラマでは長渕剛が主演してた。
二人とも破天荒な家庭教師で、生徒や家族との関わりが面白かった。
桜井君の家族ゲームも面白かった!これからも見てみたいけど、夜に飲み会あったら見られないよな・・・。
自分も学生時代は家庭教師のバイトをしていた。
印象深い生徒が数人いる。
その一人、s君。
5月連休明けに、昔通っていた塾の塾長から電話があった。
「鈴木君?あのさぁ、ちょっと一人お願いできないかな?」
「はい?なんですか?」
「実はさぁ、なんとか高校に入れて欲しい子がいるんだけど、うちでは面倒みれなくてね・・・」
「はぁ、僕が見ろってことですかね?」
「頼めないかな、暇でしょ?」
「まぁ、暇ですけど」
当時大学二年で、大学の軽音とセブンイレブンの深夜バイトのみの生活だったので、夕方は暇だったが・・・。
塾長も高校時代から講師のバイトをしていた自分には頼みやすかったのだろう。時給もよかったので早速生徒の家に向う。
「初めまして、家庭教師の鈴木です」
居酒屋を営むその家では親父さんが大将で、お袋さんが昼間パート、夕方からお店の手伝いという忙しさ。
子どもの勉強を見てあげられるような環境ではない。
生徒となるs君は中学では野球部で、勉強よりも野球という生活を二年生まで送っていた。
三年生になり、学校で模試が行なわれた。
その結果、現在の学力で入学できる高校が「ない」と言われた。
そこでご両親、焦って塾に入れようとしたようだが、頼みの塾には受け入れが厳しいと言われてしまう。
そこで自分に白羽の矢。
「先生、どこでも良いですから高校に入れてやってください、ただし、公立で」
早速s君と面会する。
確かに聡明な印象はない。
それにちょっと暗い。
コミュニケーションは苦手なようだ。
「先生、なんとかお願いします」
ご両親のなんとかして欲しいという気持に押され「まぁなんとかなるでしょう」と受けてしまう。
その日から早速授業。
数学・英語の状況を確認。
やばい・・・。
数学は分数のかけ算割り算ができない、小数点の計算もできない。
英語はほぼ手つかず。
これじゃあ高校は無理だわなぁ。
小学校の算数の参考書を購入し、問題集をやり基本からやり直す。
英語もabcからやり直す。
勉強のやり方がわからないので、そこを教える事に注力した。
2ヶ月ほど経つと、少しずつだが成長が見られてきた。
表情も明るくなり、コミュニケーションも取れるようになってきた。
「先生、これどうやるの?」
なんて質問までしてくるようになった。
うん、もう少し頑張ればどこかの高校には入れそうだ。
「ありがとうございます、先生」
模試の結果も合格の可能性が徐々に上がり始め、ご両親も喜んでいる。
「いやいや、まだ安心はできません。確実に合格できるラインではないですよ」
秋も深まり、入試まで3ヶ月。
正直言うと、受験レベルの学力まで到達していない。
それでも時間は無情だ。
都立高校の過去問も分析しつつ、試験対策を行う。
そんな頃にs君と話をした。
「君は将来、何になりたいの?」
「お父さんの後を継ぎたい」
「じゃあ居酒屋さんをやるの?」
「うん、だってお父さん大変そうだから」
「そうだよなぁ、朝とか早いんだろう?」
「毎日早く市場に行ってる、でも最近はちょっと辛そうなんだ」
「そうかぁ、お母さんもいつも忙しそうだしな」
「そうなんだ、最近はパートを増やしたみたいで、いつも疲れてる」
「そうか、じゃあ君が早く大人になって助けてあげなきゃな」
「うん、なんとか高校に行って楽させてあげるんだ」
何とも健気な言葉に「こいつ良い奴だな、親孝行な奴」なんて感動した。
いよいよ2月試験。
現時点で出来る事はやった。模試の合格の可能性60%くらいだったけど・・・。
結果は「合格!」
なんとか都立の工業高校に合格できた。
「先生!やったよ」
「よかったなぁ、よく頑張ったな!」
「先生、ありがとうございました」
ご両親も喜んでいる。
「s君は頑張りましたよ、よかった」
「先生、次回来るときは夜ゆっくり来てくださいよ、店で一杯やりましょう」
親父さんから誘いを受ける。
家庭教師最後の日、授業を早々に切り上げ、下の居酒屋へ。
他のお客さんがいない店で、親父さんが待ってる。
「先生、本当にありがとうございました」
初めて会った時よりも少し痩せてみえる親父さん、そう言いながら冷や酒を注いでくれる。
「いや、s君は頑張りましたよ」
自分のその言葉に、満足そうにうなずきながら何品ものつまみを調理して出してくる。
いつの間にか、親父さんも冷や酒を飲み出した。
どうやら今日は店を休みにしているようだ。
お袋さんも店に降りてきて、三人で盛り上がる。
「そう言えば彼は将来親父さんの後を継ぎたいって言ってましたよ」
「そうですか?そんな話、あいつは全然しないんでねぇ」
照れくさそうに、そしてうれしそうに二人が顔を見合わせていた。
「先生、これからもあいつの事、よろしくお願いします」
すっかり酔っぱらった自分に丁寧に挨拶をした親父さん。
数ヶ月後、自宅にs君のお袋さんから電話があった。
「先日、主人が亡くなりました」
癌だったらしい。自分が家庭教師に行くようになってすぐに判明し治療していたが・・・。
市場に行くのが辛そうに見えたり、お袋さんのパートが増えたりしたのはそのせいだったのか。
すでに高校に通っているs君はどうしているだろうか?
元気に高校に通っているという事だが。
それから3、4年経ったある日。
自宅近くの弁当屋に立ち寄った。
しばらく見ないうちにリニューアルしていたその店舗に見た事のある顔が。
「あ、先生!」
s君だった。
「どうした!ここで働いてるのか?」
「いや、先生。俺この店始めたんだよ、お袋と」
「あら、先生!お久しぶり!」
奥からお袋さんも出てきた。
「そうだったんだ、よかったな。頑張れよ!」
「うん、先生もね!これおまけだ!」
山盛りの唐揚げをおまけにくれたs君、元気そうだ。
それから何回か弁当を買いにいった。
数年後、弁当屋は焼き鳥屋になり、こぎれいな居酒屋になった。
いまでもs君がやっているのかはわからない。
それでも、そうであって欲しいと期待している。
そうであれば、どこかで親父さんがあの笑顔で照れくさそうに笑ってる気がする。