先日全社研修があった。
上半期の振返りと下期の戦略確認。
いつもはだいたい予定調和で、上半期を踏襲して恙無く終了するのだが。
今回は違う。
きっかけはいろいろなのだが、それぞれのチームに自分たちの本来の役割“根本”を認識してもらいたかった。
結果としては、こちらの狙いどおりにガラガラポンになったチームのあるし、相変わらずのチームもあるし。
まぁそれはそれで良い。
少しずつでも“根本”の議論ができるようになってくれると信じている。
根本。
組織の根本、仕事の根本。
営業でも内勤でも仕事には根本があるはずだ。
しかし、それはマニュアルとして定まったものではない。
根本とは形のないもの、思いや目指すもの、それを理念とかビジョンとかミッションとか言う。
若い時、特に新人の頃は早く一人前になりたくて仕事のマニュアルを知りたがった。
周囲からそれが与えられないと、妙に不安になったり上司に不満を言ったり。
それが最終的に組織への不満になり、結局退職に至ることも。
しかし、それが如何に幼い発想で社会に通用しないのかを教えてくれた人がいた。
Kさん。
自分が就職して一番最初の上司。
入社式の後、配属された営業四課に行くとそこにいたKさん。
「よろしくな!」
新人三人を見るなり、ぶっきらぼうにそう挨拶した。
「あ、君たちこれを渡すから上から順番に電話してアポとって」
そう言うなり、リクルートブック(懐かしい!)の掲載企業一覧をビリビリ破いて三人に配る。
(バサ、バサ)
「あの・・・、アポ取れってどのように電話すれば良いのですか?」
新人の女の子がKさんに聞いた。
「どうって、君ら研修でやったんでしょ!」
確かに入社前研修で営業の一通りの流れは勉強している。
「だから勉強した通りにやってみてよ!一人1日100件電話ね!」
三人とも絶句した。
しかし、やらなければならない。
名簿順の一番目から恐る恐る電話をする。
とりあえずのアポ取り話法は研修でやっていたので、研修の資料を引っ張り出しながらやってみる。
「お世話になっております、○○の鈴木と申します・・・」
(ガチャン)
何も言わずに切られる。
もしくは、
「はぁ、○○、さっきも電話来たよ。お前んとこはどうなってるんだ、一日に何人も電話してくるぞ!いい加減にしろ!」
というクレーム。
他の新人はどうかなと見てみると、概ね同じような感じ。
(おいおい、なんか話が違うぞ)
10件ほどかけて、恐る恐るKさんに報告してみる。
すると、
「何言ってんだ、10件くらいかけて弱音吐いてんじゃないよ!もっとかけまくるんだよ!」
「はい・・・」
結局その日は30件以上かけて、1件のアポも取れず。
その間、Kさんからはアポの取り方についての指導は一切なく、ただひたすら電話をかける事のみ強制された。
そう感じていたのは自分だけではなく、他の新人(この課に配属されたのは自分以外は全員女性だったが)も同じ扱いであった。
それから数日経っても状況は変わらず、とにかく1件でも多く電話しろ!の一点強調だった。
それでも、自分以外の女の子達は少しずつ成果が出てきて、30件に1件くらいはアポが取れるようになった。
しかし、自分にとってアポ取りはかなり難しい仕事で、50件に1件の無理アポが取れる程度だった。
向いに座っている一年先輩のMさんに聞いてみる。
「Mさん、どうすればアポ取れるようになりますかね」
すると、Mさんは冷たく
「知らないよ、自分で考えれば」
(何なんだこの会社は。新人を育てる気はないのか!)
そんなある日、
「すいませんKさん、ちょっとトイレ行きたいのですが」
いつものように朝からアポ取りをしていた午前中、30件ほど電話をしても成果がなく、ちょっと空気を変えようと席を立とうと思いKさんに報告。
すると。
「お前今日まだ1件も取れてないよな、タバコでも吸いに行こうと思ってんだろう?」
図星!
「いや、そんなことないですよ、トイレですよ!」
「信じられん、お前はこうだ!」
と言うと、受話器と本体を繋いでいる線を外し、自分の左手のひらに受話器を巻き付けた。
「え、これですか?」
「トイレならこれでもだいじょうだろ?」
「・・・」
(今だったらパワハラだぞ!)
夜、隣の課のI先輩と飲んでる席で思わず愚痴る。
「Iさん、うちの課は誰も教えてくれないんですよ、それにKさんはやばいですよ」
ここでIさんなら優しい言葉の一つでも・・・、それにアポ取りのコツなんて教えてくれたりして・・・。
「何甘い事言ってんだよ!」
思わぬ厳しい言葉にビックリ。
「新人とは言え給料もらってるんだろ?その分働けよ」
「・・・」
「それになぁ、先輩が新人に教えるなんて言うのは学生までの話だ。社会人になったら先輩は手取り足取り後輩に教えるなんて事はしないんだ」
「・・・」
「もしも、先輩に教わりたかったらなぁ、その時は金を払え!」
「金ですか?・・・」
「そうだよ、先輩達も苦労して技術を身につけたんだ、それを易々無料で教えるようなお人好しは出世なんてできない。金を払う事ができないなら徹底的に盗むんだ、わからないようにな」
この言葉には衝撃を受けた。
確かにそうだ、学生の頃は教えられるのが当たり前だ。授業料を払ってるんだから。
でも社会人は金をもらってるんだ、それは労働の報酬として。
この話をきっかけに周囲の先輩達のアポ取りトークに聞き耳を立てた。
「競合の○○さんの情報もありまして・・・」
「実は親会社の○○さんにお邪魔してるのですが・・・」
「こちらの業界の方には大変喜んでいただいているお話が・・・」
なんと!一人一人違うトークが繰り広げられている。
それぞれの気になったトークをメモして早速真似してみる。
「同業の○○さんには大変喜んでいただいてるお話が・・・」
すると、今まで50件に1件が30件に1件、いろいろなパターンを真似できるようになり、オリジナルトークもできるようになると10件に1件はほぼ取れるようになる。
50件が30件に、そして自らの工夫で10件に1件アポが取れるようになる、その過程には驚きもドキドキも充実感もあった。
もしも、最初からアポ取りマニュアルを教えてもらい、その通りにやっていたらこのような感情を持つことにはならなかっただろう。
うまくいったらマニュアルのおかげ、うまくいかなかったらマニュアルのせい、そう考えるだろう。
仕事には始めから答えがあるわけではない。
どんな仕事でも「こうすれば間違いなくうまくいく」なんてあるはずがない。
もしも、そうであるなら倒産する企業はないし、不景気なんて起こりえない。
だからみんな今の自分たちにとってうまくいく方法を探そうとする。
探す過程に驚きもドキドキも充実感もあるんだ。
Kさんのぶっきらぼうマネジメントがきっかけで、大切な事を学んだ。
そんなKさんには感謝するけど、やっぱりなんか苦手なんだよな、未だに・・・。