少し前の話。
社員旅行でお世話になった「ホテル東館」高校の同級生竹節くんのホテル。
到着早々、女子チームを山裾のヨガ会場に送迎してくれたり、夜には「星空ツアー」と称して春の夜空を解説してくれたり、翌日はトレッキングに同行してくれて、志賀高原の自然について解説してくれた竹節くん。
おもてなし満載の満足旅行だった。
「竹節ってこんなにマメだったんだね、いつから星や自然の勉強したの?」
「お客さんに喜んでもらうためにできることをやってるんだよ、こっちに戻ってきてから勉強したんだよ」
お客さんに喜んでもらうため、楽しんでもらってまた来てもらいたいから「できることをコツコツ」やっていく。
接客業として本当に素晴らしい心構えだと思った。
昨今、東京にいても感じるのは「外国人旅行者」の多さ。
電車もそうだけど、麹町界隈にも随分と外国人が増えた。
大きなスーツケースを引きづりながらホームを移動していたり、地図やスマホを見ながら歩道をウロウロしてみたり。
まぁ余程困ってそうでなければ声をかけることはないが・・・。
それでも過去何回かは外国人に道を聞かれたりしたし、食券を事前に買わなければならないラーメン店の店頭で困っている欧米系ビジネスマンを救ったことはあるけどね!
政府も東京オリンピックを機会にして外国人旅行者を現在の2倍は増加させたいそうだから「国策」で旅行者を増加させたいわけだが。
外国人が日本に来る目的としては、富士山を始めとする観光地訪問、日本食、そして「日本人の心」に触れることではないだろうか?
確かに観光地では外国人受け入れの様々な体制が整いつつあり「おもてなしジャパン」始動開始!である。
ところが、気になる事がある。
「都会」での「おもてなし」具合だ。
いや、おもてなしの前段階、社会行動におけるマナーの問題だ。
先ほど書いたように、外国人は至る所にいる。
駅のホーム、駅の構内、歩道、いつもの店の周囲。
何気ない日々の生活の中で「おい!それはマナー違反だろう!」という行為をしている日本人が多すぎる。
特に「スマホ」に関するマナー違反には腹立たしく怒り沸騰中だ。
大勢の人が乗り降りする電車、乗るときも降りるときもスマホの画面から目を離さないバカ!
後ろの人間が乗り遅れそうなその行為に後ろから蹴り飛ばしてやりたいという衝動に何度もかられる。
大きなスーツケースで行動している外国人が後ろに並んでいたらどうするのだ?
また、乗り換えで駅構内を移動するときなどもそうだ。
乗り換えまでの間、スマホを見ながら人の流れに身をまかせる。
当然歩くスピードも遅く、後ろがつかえる!
前から人が歩いてきても避けようともしない。
ぶつかりそうになると、前から来た人間を睨む!
どうしようもないバカ!
自分さえ良ければよいのだ。
自分の行動が周囲にどのように迷惑をかけているかなど想像もつかない。
「自分は迷惑かけてない、何が悪いんだ!」
いつでもそう言う準備はできているという程だ。
駅の中だけではない、歩道でもそうだ。
歩道を歩くときにスマホを見ているというには一体なんだろう?
地図アプリで場所を探すのはわかる。自分にも経験はある。
しかし、SNSやゲームを歩きながらするバカはすでに人間とは思えない。
スマホの画面に集中しているその姿を周囲が見るとどれほど「アホヅラ」に見えるのか本人は知らない。
どうでも良い事だが出勤時や帰宅時の電車の中、ふっと周囲を見ると本当に皆「スマホに支配されている」
画面の中に自分の人生があるかのごとく片時も画面から目を離さない。
周囲にどんな人がいるのかを無視するかのように画面に集中する。
日本の都会でこれらの集団を目にした外国人は一体どう思うのだろう?
自分の事しか考えないスマホに支配された都会人。
さぞや異質に見えるであろう。
「これが日本人の本当の姿?」
どこに行ったのか?「おもてなし」の心。
観光地で日本の良さを体験しても、都会で全てぶち壊す。
これからはそうなるだろう。
都会の人間も「外国人観光客」に「おもてなし」の心を持たなければならないと言ってるわけではない。
本来の日本人も持つ「おもてなし」の心を大切にしたいのだ。
周囲に関心を持つ心配り、困った人を助ける思いやり、迷惑をかけない慎み深さ。
世界に誇る「日本の心」は大切な資源だ。
スマホのゲームやSNSから人生を学んでいる輩には通じる事はないだろうが、それでも声をだしていくべき事と思う。
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