「ありがとうの反対語ってなんだと思う?」
千葉の建築系社長、「ウサギとカメのその後」の話をしてくれた社長さんが問う。
「なんでしょうね?すいませんじゃないし・・・」
誰も答えられない。
「答えはね、『当たり前』なんだよ」
なるほどね、当たり前だと思えばありがとうなんて言葉出ないよね。
取材中だけど、考えてしまった。
「ありがとう」と思わずに「当たり前」だと思っていることが実は結構多いことを。
この歳まで無事に生きていることに「感謝」
こうして事業が続けていられることに「感謝」
周りに信頼できる人がいることに「感謝」
くだらない話でも聞いてくれる人がいることに「感謝」
そして、生まれてきたことに「感謝」
日々当然のように過ごしている、しかしあらためて感謝することはない。
「自分がこうして生きていられることのありがたさ」
いつか突然に「当たり前」ではなくなることだってある。
その時に「あの頃はありがたかった」と思っても遅いのかもしれない。
今日8月6日、70年以上前広島に原爆が落ちた日。
当たり前の日々がいきなり失くなったとき。
そして来週には「旧盆」がやってくる。
自分の存在をもう一度振り返ってみる機会かもしれない。
「ありがとう」と伝えるべき人にちゃんと伝えるだろうか?
後悔は後ろ髪を持たない・・・。
日々の感謝を伝える良い機会ではないだろうか?