誰しも自身の行動や言動によって周囲に不快な思いをさせてしまった経験の一つや二つはあるであろう。
「あ、今のは不遜な態度だったかな」とか、「今のは失礼な言い方だったかな」なんて後悔する事ってある。
そんな時って、概ね相手に対する配慮が足りないものだ。
すなわち、相手の心情に対する想像力がなかった。
こんな事言ったら相手はどう感じるだろう?こんな事したら相手はどう思うだろう?
そういう事を想像する力って、社会生活ではとっても大切な事だと思う。
自分も今考えると恥ずかしくて思い出したくない、その手の過去をたくさん所有しているが。
子どもの頃に親から「相手の気持ちになって話しなさい」とか「そんなことして相手はどう思うのか考えなさい」などと叱られた覚えがある。
それらの言葉は子どもの頃には理解できていなかった、が、大人になるに従ってわかってくる。
自分は社会に出てからも、先輩諸氏にそのような場面で叱られた覚えがある。
その度に親からの言葉を思い出した。
子どもの頃に戒めの言葉を与え続けてくれた親に感謝する。もちろん、叱ってくれた先輩にも。
なぜ、こんな話をするかと言うと。
今の世の中、周囲に対する配慮や想像力に欠けた行動や言葉が多い。
まず、携帯電話を見ながら歩くな!前から何が来るかわからんだろう。
向かいから小さな子どもや体の不自由な人が来たらどうする?ちょっと考えればわかるだろう。
歩道を横一列に並んで歩くな!歩道の占有許可でももらってるのか、おまえらは!
他の歩行者の気持ちを考えろ。
自転車が我が物顔で歩道を走るな!明らかなる交通違反だ!
さらに「チリンチリン」鳴らすな!えらそうに。その速度は歩行者に脅威であることを忘れるな。
自分の価値観だけで相手に話をするな。社会はお前中心に廻っているのではない!
自分の発言が相手を傷つける可能性を考えろ!
例えるならば、魚屋に「あなたの仕事って市場で仕入れてお店で売ってるだけでしょ、面白くないよね」なんて言葉を平気で言えるとしたら、想像力がないだけではない、無神経だ。
なぜ、このような行動や言葉が出てしまうのであろうか?
はっきり言わせてもらうなら「親が悪い」のだ。
子どもの頃に教えていないのだ。自分の行動や言葉が相手を傷つける事を。
どんなに頭が良くても体力があっても、相手に対する配慮、想像力がなければ社会で成功する事はありえないと思う。
どんな職種、業種であろうが、商売相手の気持ちを想像してビジネスを展開していくものだ。
ビジネスの世界だけではない、家庭においても地域での生活にも大切な要素なのだ。
こうした周囲の思いに対する想像力が欠けた社会では新しい事を生みだすなんてできるはずがない。
親に教わらなかったからと言って嘆く事はない、これからでも学んで身につけてみてはどうだろう。
学ぶ事に手遅れはないはずだからね。
コメント