ありがたいことです、誕生日のコメント。
FBでもメールでもカードでも言葉でも、お祝いされるというのは嬉しいもの。
そろそろ2年に1回で良いかなぁ、なんて思っていた誕生日だが、このほっこり感が味わえるのであればまんざらでもないかな。
6月というのは微妙である。
1年の中間地点。
会社も半期が終わろうとしている。上半期の振返りと下期の戦略見直しもしなければならない。気ぜわしいし、考える事が多い。
季節は夏に入り、しかも梅雨の時期で不快指数は高い。
更に6月は祝日がないので、社会全体が暗い(考え過ぎか!)
それでも、自分がこの世に生を受けた日を感謝したい。
今までそんな事思いもしなかったが、今年はそれを感じさせるきっかけがあった。
誕生日当日、飲んでる時に母親からメールが来た。
お祝いメッセージを一瞥し「まぁいいや」と携帯を閉じた。
すると、それを見ていたOさんが「ちゃんとメール送らなきゃだめですよ!」と強い口調。
「いやぁ、でも照れくさいから良いよ」
母親へのメールって結構気恥ずかしい。
「何言ってるんですか!メッセージの返信送るんじゃなくて『産んでくれてありがとう!』って感謝の気持を送るんですよ!」
なるほどね、感謝の気持ね。
恥ずかしながら、今までそんな事考えた事なかった。
母親、両親だけではなく、自分がこの世に生を受けてお世話になった人がたくさんいるはず。
親戚のおじさんおばさん、祖母祖父、隣のおばちゃん、幼稚園の先生、おっと年の離れた従兄弟にも。
幼い頃から数えたらきりがないほどたくさんの人に世話になったのは間違いない。
現在でもいろいろな人にお世話になって生きているし・・・。
それらの人に「お世話してくれてありがとう」という感謝の気持を送りたい。
誕生日というのは「ありがとうを送る日」なんだね。